新中国が成立した時、中国の人口は5億だったが、30年後の1970年代の終わりには10億に増えた。毛沢東政権は人口が国力を決めると考え、また、中国では沢山の子供が親を助けるのは当然だという価値観が広がっていたのだ。人口を増やすという毛沢東政権の政策は、農村で支持され、政権の基盤を強固にした。

 ところが、中国では、農業人口が多いので、1農家当たりの耕作面積は日本より狭い。もし、人口がそのまま増加すれば、貧しくなり、食糧不足に陥り、治安が乱れる。そこで、政府は、1970年代後半から晩婚を推奨し、さらに79年から一人っ子政策を実施した。

    一人っ子政策の成功

 この政策は、都市に厳しかった。経済が低迷し、都市には半失業者が多かったので、都市で人口が膨張すれば、浮浪者が増え、社会不安になる。一方、農村にはいくらか寛容であり、一人目が女子であった場合には、二人目を産むことが許された。それは、農業では体力がある男子が必要だったからだ。
 また、この政策は少数民族には適用されなかった。回教族やチベット族の反乱を恐れたからだ。少数民族が増えても、大した人口にはならないとの判断もあった。

 一人っ子政策の内容は、2人を生んだ場合には、膨大な罰金が科せられた上、賃金がカットされるというものだ。この政策は見事に成功したので、現在の人口構成は、30才代が膨張している「ビヤ樽型」になった。2002年では、30才から34才の人口は1億2000万人であるのに対して、1才から4才までは5600万人と半減した。若年人口の減り方は、日本より急激である。

 この人口構成が、中国経済の高成長にプラスに働いた。一人っ子政策が始まる前後に生まれた人が、現在、働き盛りになっている。その人口は多く、25才から40才で、人口は3億3000万人にも達している。

 それより上の世代は、少年期や青年期が文革時代であって、ろくに学校に通っていないので、基礎学力がまるでない。これに対して、現在働き盛りの世代は、市場経済が導入された時代に育ったので、急激な経済変化を体験して育った。また、努力すれば報いられることを知った。豊かになってきたので、高校進学率が上昇し、熱心に学んだ。彼等は文革世代を押しのけて、経済活動の中核になっており、中国経済のリーダーは若さに溢れているのである。

 子供が一人になると、裕福層は子弟の教育投資を増やすことができた。高等教育が広がっった。大学院生は85年に5万人だったが、2000年には30万人に達した。その年には、大学入学者数は300万人であり、進学率は15%の高さになった。

 また外国留学生も増え、2000年には、海外の大学院に留学している学生は4万人になった。スタンフォード大学における大学院留学生のなかでは、中国人の数が最も多く、日本人の約五倍に達している。

 かっては、留学生は現地に残り、研究者として活躍する人が多く、シリコンバレーなどで、中国人による革新技術の開発が目立った。ところが、最近では、中国の国内でも、彼等の能力を発揮できる機会が増え、また、企業の幹部の賃金は、購買力平価で換算すると、先進国並みになったから、帰国して外資や国内企業で働く人が急激に増えた。企業を起こしている人も少なくない。

     経済の高成長と人口資源

 中国経済は、市場経済を導入後、目を見張るような経済成長を続け、GDPを購買力平価で換算すると(2003年)、世界の総GDPの13%を占め、日本の7%を軽く抜き去り、アメリカの21%を追う世界2位の経済大国になった。

 中国経済の成長をリードしたのは、まず外国企業であり、低賃金の中国を世界市場に向けた輸出基地と考え、実際に、中国に移転した工場の製品は世界に輸出された。

 ところで、中国人はかっての日本人のように外国製品を模造する能力に優れている。中国企業は耐久性や品質がかなり劣るが、価格は5分の1というような模倣製品を次々に生産し、中国の国内市場を掴んだ。国内の企業は、アメリカ式の賃金体系や作業マニュアルを導入して、低コスト製品の生産に成功した。高級製品は外資企業がつくり、中級品以下は国内企業が生産するという棲み分けになった。

 中国で、経済が発達しているのは沿岸地域であり、上海、江蘇省、広東省、浙江省、山東省のGDP合計は、中国全体の半分以上を占めている。その人口は約3億であり、そこでは、年所得・300万円(購買力平価で換算すると、日本の3000万円)ぐらいの中産階級が増え、厚みを増している。

 その結果、中国のテレビ、洗濯機、電子レンジ、携帯電話等の販売台数は世界一になり、乗用車需要は年間260万台に達し日本の半分になった。鉄鋼需要量は日本の2倍である。需要の増加テンポが速すぎるため、沿岸地域では電力や交通インフラの不足が激しくなった。

 そのため、当然、労働力不足が発生するはずだった。しかし、中部や西部の農村には、大量な働き盛りの労働力が存在し、彼等は貧しかったので、絶え間なく都市部に供給され、低賃金で働いた。農民戸籍の人は、数年働いて農村に帰らざるを得ない。例えば、農村戸籍の人は都市に住み続けても、子供を公立の小学校に入学させられない。高い授業料の私立に入学させなければならない。

 農村では生活費が安い。上海における15万円の年収は、西部の農村では150万円の購買力がある。5年間上海で働き、給与の半分を貯蓄すれば、農村で小売店を開ける。農村から都市へ、都市から農村へという労働力の循環が円滑に作動した。その循環は都市にも農村にも常に失業者が存在するという「たわみ」を残したので、沿岸の工業地域では賃金が上昇しなかった。そのため、製品は強い国際的な価格競争力を持ち、中国経済の成長を支えた。農村は、出稼ぎによる所得と、子供の数の減少によって、少しずつ豊かになった。


  高層マンション
 高齢化社会の到来と不安 

 中国では、これから、労働力人口が減少の一途を辿り、同時に人口が多い世代が高齢化していく。平均寿命が伸びるだろうから、高齢化率は急速に高まるだろう。20年後には、高齢化率(総人口に占める65才以上の人口)は15%に達する見込みだ。それは、現在の先進国の水準である。(アメリカだけは、移民が多く、また低所得層が多産であるため、12%である)。人口構成の高齢化とは、働く人の数が減り、介護なしでは生きられない人が増えることを意味しているから、余程の技術革新が発生しない限り、経済は確実に衰退するはずだ。

 ところで、中国の都市では、マンションで生活する人が増えた。マンションでは大家族が一緒に済み、助け合って生きることができない。生活の単位が大家族から小家族に移り、儒教の精神を発揮する場所がなくなった。儒教が最も強く残っている韓国でさえ、ソウルや釜山ではマンションが増え、長男夫婦が両親と同居しなくなり、大家族が崩れた。そのため、老人世帯が激増している。

 20年後には、中国の大都市では、老人世帯が激増するだろう。また、中部や西部の貧困地帯では、若者が雇用機会が多い大都市に移住し、貧しいな老人世帯が残っているという状態になるかもしれない。

 一人っ子政策には、元々、つぎのような深刻な問題があった。農村では一人目が女子の場合は二人目を産める。また、女子が間引きされることがあった。その結果、男女比率がアンバランスになり、1歳児では男子が820万人に対して、女子は680万人しかいない。近く、確実に結婚難になる。また戸籍がない子や捨て子が増えたので、犯罪率が高まるかもしれない。

 さらに、一人っ子は両親と父方・母方の祖父母に可愛がられ、過保護によって、弱々しい子供が多くなった。

 中国政府は、一人っ子政策の欠陥を認識していた。2002年には、一人っ子政策の緩和を決めた。緩和の程度や仕方は省、自治区、特別市に任された。それは地域によって人口問題の程度が違っているからだ。多くの地域で、一人っ子のどうしの夫婦は、子供を2人まで生めるようになった。現在、出産適齢期になっている人達の多くは、一人っ子であるから、それは2人の子供を認めたことになる。

 ところで、問題は出生率が2人近くに戻るかどうかである。沿岸地方の大都市では、子供を持たないカップルや、結婚の意志がない男女が増えた。また離婚率も高まっている。

中国では、もともと女性の労働化率が高かった。大都市では、マンションを買い、家庭電気を整え、つぎに自動車を買おうというOLが増えている。海外旅行者も増えた。

 女性は素晴らしい生活を楽しみ始めた。結婚して、子供を育てようという女性が少なくなった。また、働き甲斐、所得の上昇、生活水準の飛躍的向上といって楽しさを知ったので、子供は1人で充分であって、自分たちの人生を楽しみたいと考える若い夫婦が増えた。大都市では、先進国と同じように出生率が自然に低下している。

 中国経済の強みは、労働力の厚みと細かい人的ネットワークだった。草の根の経済が強さを発揮した典型は、浙江省南部の温州市である。僅かな期間に、釦、靴、ライター、眼鏡の世界的な産地になった。

 今から20年前の温州市は実に貧しく、多くの住民が行商人や流れ職人になった。彼等は、全国各地の消費需要や産地の状況を知り、温州人の間で情報を交換した。間もなく、釦、革靴、ライター等の商品を産地で買い、それを全国で売りさばくようになった。彼等はそれら生産技術を覚え、温州で家内工業を起こした。

 90年代に入る頃には、温州は釦、ライター、革靴、眼鏡の大産地になった。温州人は内外各地に150万人も住んでいる。企業はそのルートを辿って、全国から専門技術者をリクルートした。国内の僻地から低廉な若年労働力を集めた。製品は国内各地や海外に張り巡らされた温州人のネットワークを通じて販売された。

このように大家族と地域社会が結合して人的ネットを内外に拡大し、新しい産業を起こすといった中国経済の強みは、都市型生活が広がりとともに消滅するように思われる。そうした中で、人口構成は老齢化していく。

    経済成長の必要性

 ではどうすればよいか。それは、働き盛りの人口が多い時に、可能な限り経済成長を遂げ、老齢化社会が来るまでに、経済の水準を高くしておくことだ。高齢化社会がやって来た時には、働く人の数が減る上に、経済的資源は医療や介護に配分される。また環境保全投資が増える。そのため、経済成長は困難になる。したがって、そうなる前に、沿岸地方の産業構造を高度化し、さらに西部を開拓して、そこの経済水準を高めておかなければならない。

 20年後には、アジアでは、タイ、マレーシアは、出生率が2を割り、成長力が鈍っているにちがいない。インドは人口が増加しつつ高成長を続け、アジアの大国になっているだろう。世界では、中国とインドの他に、ロシア、ブラジルが経済大国の仲間入りする可能性が大きい。

 そうした中で、中国が大きな存在感を維持するためには、可能な限り高成長を続けたい。また、高齢化社会になった時、漢方薬、気功、太極拳等、高齢者を健康に保つ伝統技能が効果を発揮して、老人治療を偉大な輸出産業に成長させることだ。